2009年09月25日

ファンタジー

9月10日のブログで、クローディーヌ・ロンジェ「絵本の中で」についてふれたが、この曲を歌った女性歌手はもうひとりいる。いしだあゆみである。72年に発売された彼女のアルバム『ファンタジー』のB面1曲目に「絵本の中で」が収録されていて、クローディーヌ・ロンジェ・ヴァージョンと甲乙つけがたい名品なので、興味のある向きは機会があれば聴いてみてほしい。

「絵本の中で」が素晴らしいのはもちろんのことではあるが、この『ファンタジー』というアルバムは、筒美京平作品以外の曲については矢野誠が編曲をしていて、それがまた格別に品の良い麗しさを醸し出していて、秋に聴くにはぴったりのエレガントなアルバムだ。特に、美しいストリングスの伴奏が印象的な、矢野誠自身が作曲も手がけた「愛の芽ばえ」、「しあわせ」という2曲は、それこそクローディーヌ・ロンジェのファンにこそ真価を理解されるべきだと思う。“ウィ,ウィ,セ・モア,セ・モア”というフランス語ではじまる「しあわせ」の不幸せな感じは、クローディーヌの音楽と共通する魅力があるように思う。

『ファンタジー』には、シングルのA面曲が全く入っていない。かろうじてシングルB面曲「愛よ行かないで」、「白いしあわせ」(この2曲で聴かれるオルガン演奏は最高。飯吉馨だろうか。)が収録されているという事実からもわかるように、いわゆるヒット曲集とは全く異なる顔立ちをしている。いしだあゆみといえば「ブルー・ライト・ヨコハマ」しか知らないという一般リスナーにはそっぽを向いた、ツンと澄ましたレコードなのである。いしだあゆみを取り巻くスタッフは、歌謡曲という枠に収まり切らない音楽的野心を持っていたようで、売れ線を狙うシングルA面では実現できないアイデアをB面に託し、シングルB面でさえもハードルが高すぎるサウンドを、アルバム内で結実させようとしたのだと思う。そうでなければ、彼女が歌った和製ボサ・ノヴァの名曲「ひとりにしてね」がシングル曲ではなく、ファースト・アルバム『ブルー・ライト・ヨコハマ』にこっそりと収録されていたという事実に説明がつかない。『ファンタジー』とはまさしく、「ひとりにしてね」の延長線上に存在するアルバムなのである。

園まり〜西田佐知子〜いしだあゆみという、美人歌手の系譜がある。では、いしだあゆみに続くのは誰だろうかと考えてみたが、結局思い浮かばなかった。作詞家の橋本淳がかつて描いたような大人のファンタジーの世界は、シンガー・ソングライター全盛の現在、あまり人気がないようだ。私達はお人形さんじゃないと、自分の言葉で歌いたいと、絵空事は嫌いだと、現代の女性アーティストは口にしたがる。でも、他人の書いた言葉や絵空事を、きちんと自分の表現として成立させるのにどれほどの技量が必要かわかるか。昭和40年代にいしだあゆみが歌っていたような曲が再び世間を沸かせることなど二度とないことを知りつつも、このことは強く主張したい。



001.JPG
posted by 水上 徹 at 20:47| 音楽 | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

Kakiiin

今日は丸々ラジオの話題。TBSラジオにKakiiinという番組がある。これは“70年代〜90年代の名曲、ヒット曲を中心にお送りする、大人のための音楽番組”というキャッチコピーの、現在30代〜40代のリスナーに焦点を当てたプログラムで、自分などもまさにその世代にあたるので、移動時間などにたまたまやっていると954kHzにチューニングしたりする。

この番組、ものすごく面白いという訳ではないのだが、ついつい聴いてしまうのはオールディーズ・ファンが好むような音楽が時折かかるからで、9月14日の放送ではジョニー・ティロットソン「ポエトリー・イン・モーション」が不意にスピーカーから流れ出した。この曲がAMラジオで放送されること自体はそれほど特別な出来事ではないと思う。でも、レニー・クラヴィッツやレベッカなどとともにこの曲が選曲されるのは、なかなかありそうもないことで、心の中で「エーッ!」と驚いてしまう。

この日は杉真理「内気なジュリエット」もかかった。「バカンスはいつも雨」以外の彼の曲がかかるのは、やはり珍しい。Kakiiin Selectというコーナーでは、ゲストのレコード番長(盤長って感じ?)須永辰緒が、浅丘ルリ子「シャム猫を抱いて」を選曲した。「内気なジュリエット」と「シャム猫を抱いて」は、その曲が収録されたアルバムの中古レコード屋での店頭価格に100倍以上の開きがあるが、この2曲がAMラジオでかかる確率に大差はないように思えた。「内気なジュリエット」が流れた後でDJの駒田健吾は、石川さゆりが歌うサントリーのCMソング“ウイスキーが、お好きでしょ”も杉真理の仕事であることを付け加えた。この抜かりないフォロー、なかなか出来ることではないと思う。駒田健吾はさらに「今いちばん欲しいアルバムが『ナイアガラ・トライアングルvol.2』なんですよ」と語った。やはり彼の仕業ではない。彼のフェイヴァリットはBOØWYなのだ。イヤフォン越しに彼へと指示を出している誰か。首謀者は裏方のスタッフの中にいる。

かつてこんな放送に意表を突かれたこともある。バート・バカラックの特集で、B.J.トーマス「雨にぬれても」などがかかるごく普通のプログラムだったのだが、ひとつだけ当たり前ではないことがあった。バート・バカラックの父親も実はバート・バカラックという名前で、スペルが一文字違うという事実にふれた後、なぜそうなったのかという、相当なバカラック・マニアでもなかなか知り得ないようなエピソードを紹介したのである(今回その話はしない)。その瞬間、胸の奥で「カキーン」と音がして、僕の心は高く遠く場外へと連れ去られた。

7月13日の放送は、マイケル・ジャクソンの追悼もからめたクインシー・ジョーンズの特集だった。マイケル・ジャクソンは「ロック・ウィズ・ユー」が選曲されたが、もう1曲かかったのがレスリー・ゴーア「イッツ・マイ・パーティ」だった。「イッツ・マイ・パーティ」は、クインシー・ジョーンズにとって初めての大きなヒットで、忘れられない大切な曲であるということであった。多くのポップス・ファンは、正式な音楽教育を受けたジャズ畑出身のクインシー・ジョーンズが制作したレスリー・ゴーアのヒット曲に対して、どうせ片手間にやった仕事に違いないと、どこかで思ったりしていないだろうか。ボブ・クリューが手がけた「カリフォルニア・ナイツ」の方がいいだなんて、わかったような口をきいたりしがちではないだろうか。僕はそうだった。でも、この放送を聴いて反省した。やっぱり「イッツ・マイ・パーティ」あってのレスリー・ゴーアだと思う。全米1位は伊達ではない。また、クインシー・ジョーンズの代表的な仕事として、レスリー・ゴーアを取り上げること自体、稀なことだとも思う。これもまた、なかなか出来ることではない。

マイケル・ジャクソンの死後、NHKのニュースをはじめ、各種メディアが彼についてふれる際に、必ずといっていいほど“キング・オブ・ポップ”という冠がつけられるようになった。この“キング・オブ・ポップ”というフレーズを聞かされる度に、どこか割り切れない気持ちが残る。でも「イッツ・マイ・パーティ」と「ロック・ウィズ・ユー」という、全米1位を獲得した2曲を並べることで垣間見える何かがあるならば、“キング・オブ・ポップ”も悪くないか、と思わなくもない。ラジオにはまだ可能性が残されている。そのことを、Kakiiinを通して再確認させられた。



001.JPG
posted by 水上 徹 at 23:05| 音楽 | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

オストアンデル

基本的に歌詞カードは見ない。なぜかというと、理由@面倒臭いから。理由A歌詞カードが折れたり、指紋が付いたりするのが嫌だから。正確にいうと、理由Aを口実に理由@を正当化しているのだと思う。とにかくめんどくさがりなのである。そんな自分でも、なんて歌っているのかすごく気になって歌詞をチェックすることが、ごくまれにだがある。大滝詠一『ナイアガラ・ムーン』の歌詞カードをそのとき開いたのは、「ハンド・クラッピング・ルンバ」にでてくる謎の言葉、“オストアンデル”が何を意味しているのか、なんだか急に気になったからだ。そして、それが何かわかったとたんに思わず笑ってしまった。なんと“オストアンデル”とは、“押すとあん出る”のことであった。饅頭を押すとアンコが出るという、いかにも大滝詠一らしい、びっくりするぐらいくだらない歌詞であったのだ。

先日、TBSラジオの「小島慶子 キラキラ」を聴いていたら(自分の主な情報源がラジオなので、自然とラジオの話題が多くなるのです)、“ウマいね!ひどいね。このネーミング”というテーマで募集したメールの中にこんな内容のものがあった。横浜に“オストアンデル”というお洒落な洋菓子店みたいな名前の店があって、外観も洋菓子店風なのであるが、実は大判焼屋であるという。なぜ“オストアンデル”なのかというと、大判焼は押すとあんこが出るからで、平賀源内が饅頭のことをオランダ語風に“オストアンデル”と呼んだことに由来するのだという。そうか平賀源内だったのか。さすが大滝さん、浅いようで深いなーと少し感心してしまった。

インターネットで“オストアンデル”を検索してみると、どうもこの手のシャレは、ある世代以上の方には定番のネタみたいで、水道のことを“ヒネルトジャー”と言ったり(実はこれも「ハンド・クラッピング・ルンバ」で使われている)、さつま芋のことを“クートヘーデル”と言ったり、いろいろとあるようである。また、タイムボカンリーズの6作目『逆転イッパツマン』(好きだった!)ではイッパツマンが働くタイムリース社の所在地はオストアンデル市、ライバル会社のシャレコーベリース社はヒネルトジャー市にあるという設定になっていて、ここでも“オストアンデル”と“ヒネルトジャー”がセットになっていることがわかった。

だが一番驚いたのは、オストアンデルというバンドが存在するということであった。ジョイ・ディヴィジョンなんか好きみたいだから、たぶん大滝詠一とは関係ないと思う。ムームも好きらしいので、エレクトロニカ→エレキテル→オストアンデルという連想から名付けたのかもしれない。このバンド、嫌いじゃない。しかし、とりあえず僕は大判焼屋に行ってみたい。

002.JPG
posted by 水上 徹 at 23:57| 音楽 | 更新情報をチェックする