「絵本の中で」が素晴らしいのはもちろんのことではあるが、この『ファンタジー』というアルバムは、筒美京平作品以外の曲については矢野誠が編曲をしていて、それがまた格別に品の良い麗しさを醸し出していて、秋に聴くにはぴったりのエレガントなアルバムだ。特に、美しいストリングスの伴奏が印象的な、矢野誠自身が作曲も手がけた「愛の芽ばえ」、「しあわせ」という2曲は、それこそクローディーヌ・ロンジェのファンにこそ真価を理解されるべきだと思う。“ウィ,ウィ,セ・モア,セ・モア”というフランス語ではじまる「しあわせ」の不幸せな感じは、クローディーヌの音楽と共通する魅力があるように思う。
『ファンタジー』には、シングルのA面曲が全く入っていない。かろうじてシングルB面曲「愛よ行かないで」、「白いしあわせ」(この2曲で聴かれるオルガン演奏は最高。飯吉馨だろうか。)が収録されているという事実からもわかるように、いわゆるヒット曲集とは全く異なる顔立ちをしている。いしだあゆみといえば「ブルー・ライト・ヨコハマ」しか知らないという一般リスナーにはそっぽを向いた、ツンと澄ましたレコードなのである。いしだあゆみを取り巻くスタッフは、歌謡曲という枠に収まり切らない音楽的野心を持っていたようで、売れ線を狙うシングルA面では実現できないアイデアをB面に託し、シングルB面でさえもハードルが高すぎるサウンドを、アルバム内で結実させようとしたのだと思う。そうでなければ、彼女が歌った和製ボサ・ノヴァの名曲「ひとりにしてね」がシングル曲ではなく、ファースト・アルバム『ブルー・ライト・ヨコハマ』にこっそりと収録されていたという事実に説明がつかない。『ファンタジー』とはまさしく、「ひとりにしてね」の延長線上に存在するアルバムなのである。
園まり〜西田佐知子〜いしだあゆみという、美人歌手の系譜がある。では、いしだあゆみに続くのは誰だろうかと考えてみたが、結局思い浮かばなかった。作詞家の橋本淳がかつて描いたような大人のファンタジーの世界は、シンガー・ソングライター全盛の現在、あまり人気がないようだ。私達はお人形さんじゃないと、自分の言葉で歌いたいと、絵空事は嫌いだと、現代の女性アーティストは口にしたがる。でも、他人の書いた言葉や絵空事を、きちんと自分の表現として成立させるのにどれほどの技量が必要かわかるか。昭和40年代にいしだあゆみが歌っていたような曲が再び世間を沸かせることなど二度とないことを知りつつも、このことは強く主張したい。