ルビナーズ「アイ・ワナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」の作者であるトミー・ダンバーおよびジェームズ・ギャングワーは、彼らが1979年に共作した本作の歌詞およびメロディの一部が、アヴリル・ラヴィーン「ガールフレンド」において無断で流用されていると主張した。しかし、それに対するアヴリル側の反論も最高に面白いものだった。ルビナーズ「アイ・ワナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」だって、ローリング・ストーンズ「ゲット・オフ・オブ・マイ・クラウド」に似ているじゃないかとやり返したのだ。ウィキペディアによると、結局、ルビナーズ側が告訴を取り下げることでこの騒ぎは一件落着したようである。
個人的な意見としては、「ガールフレンド」の作曲者は、「アイ・ワナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」を聴いていた可能性が高いし、ルビナーズのトミー・ダンバーは「ゲット・オフ・オブ・マイ・クラウド」に影響を受けて「アイ・ワナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」を書いたのだと思う。でもアヴリル・ラヴィーンがこうしたロックの歴史について全く無知であったとしても自然なことだと思うし、それがいけないことだとは思わない。例えばロックンロールの始祖のひとりチャック・ベリーみたいな人間が、ロックの歴史を勉強しろなんて説教するだろうか?仮にアヴリル・ラヴィーンの表現が時代を超えた普遍的な説得力を持っているとして、それは彼女がロックの歴史を“知らない”ことでもたらされているという可能性はないのだろうか。問題の3曲をあらためて聴き返して感じるのは、ルビナーズの曲における、ロックンロールの歴史に敬意を払うミュージシャンが必然的に陥りがちな強度不足である。そしてこれはルビナーズのようなパワー・ポップ・バンドが宿命的に背負った十字架のようなものなのだと思う。
昨年の9月16日、アヴリル・ラヴィーンは東京ドームで熱狂的なファンの声援に包まれていた。そしてその1年ほど前にルビナーズは、新宿JAMでひさびさの来日公演を果たしている。新宿JAMなんて知らないというひともいるかもしれないが、わが国の最高にセンスのいいバンド達、例えばザ・コレクターズや東京スカパラダイスオーケストラだって、その活動初期には新宿JAMで観客を沸かせていたのだ。狭くて汚い小屋ではあるが、ある種の連中にとっては、青春時代の甘酸っぱい記憶とともに語られる聖地なのである。アヴリル・ラヴィーンが日々何を考えて生きているのか、僕には全く想像外ではあるが、ルビナーズの連中の気持ちならば少しはわかるような気がする。ルビナーズがアヴリル・ラヴィーンに物申したとき、やはり窮鼠猫をかんだのだと思う。長い逡巡の末、勇気を出してこぶしを振り上げたのだと思う。売名行為の可能性は否定できない。でもその売名行為のおかげで今度彼らが来日したときに、新宿JAMが超満員になるならばそれでいいじゃないか。
この件についてミック・ジャガーに質問したならば、彼はどう答えるのだろうか。「チャック・ベリーにでも訊いてみたら?」なんて、はぐらかされるのかもしれない。